『君たちはどう生きるか』と粉ミルク

君たちはどう生きるか

話題の『君たちはどう生きるか』を読了しました。

人間としてあるべき姿を求め続ける
コペル君とおじさんの物語。
出版後80年経った今も輝き続ける
歴史的名著が、初のマンガ化!

というコピーにもあるように、原作は1937年吉野源三郎著。児童向け教養小説の古典と評される作品です。

君たちはどう生きるか

物語はコペル君とおじさんの対話や手紙のやり取りを中心に進むのですが、印象的だったのは、コペル君が自宅の粉ミルクを見て、それがどこからどんな人たちが関わることで今目の前にあるのかを考えるくだり。

牛、牛の世話をする人、乳をしぼる人、それを工場に運ぶ人、工場で粉ミルクにする人、かんにつめる人、かんを荷造りする人、それをトラックかなんかで鉄道にはこぶ人、汽車に積みこむ人、汽車を動かす人(以下略)

と続き、コペル君はいかに自分の生活や人生に多くの人々が関わっているのか極めて詳細に想像をめぐらせます。

コペル君のその発見におじさんは、それは「学者たちが「生産関係」と呼んでいるもの」と答えます。

このコペル君が発見した「生産関係」。子供たちにも是非自分の考えをめぐらせて世界とのつながりを感じてもらえたらなと思います。

おじさんは人間の「生産関係」のごく初期の段階について、

その時代には、自分たちの食べたり着たりする物ができあがるのに、どういう人が骨を折ってくれたか、すっかり見通しだ。

と言います。

家族、村、街、国、さらに世界へと、歴史とともにヒトとヒトとの関わりの規模が拡大し複雑化した結果、現代では様々なモノがお金を介せば手に入りやすくなった一方、眼前にあるモノとコト(≒ヒト)との関わりが感じづらってきている。

おじさん曰く、下記の通り。

もうこの頃になると、協同や分業も大規模となり、その関係が複雑になって、自分たちの食べる物や着る物を見たって、いったい誰と誰がこのために働いたんだか、いちいち知るわけにはいかない。

作る方だって、自分の作ったものを、誰が食べたり着たりするんだか、見当はつかない。

溢れるモノ達に囲まれてもどこか感じる寂しさや孤独感。それはひとつひとつのモノの持つストーリーが人間に伝わりづらくなっているから、そして「生産関係」の拡大や合理化と引き換えに人間同士の関わりにおいて情緒が希薄になっているからなのだと考えられます。

子供たちがもし孤独感に苛まれることがあれば、その由縁のひとつが社会構造にもあることを知ってほしい。そう考えることが、少しでも自分の未来を大切に想うための一助になれば。

漫画 君たちはどう生きるか | 吉野源三郎, 羽賀翔一 |本 | 通販 | Amazon

追記:

現在、宮崎駿監督が原作をテーマにした新作を制作中とのこと。

宮崎駿監督、新作タイトルは「君たちはどう生きるか」:朝日新聞デジタル

ジブリではどう表現されるのか。小学生になる子供と一緒に見て話しが出来る日を楽しみにしています。

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